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こんちは!いっそ公立学校なくしてみたら?と思っている男、たつみそうきち(@tatumisoukiti)です!
みなさんは自慢話してますか?
僕は人の自慢話を聞くのが好きです。正確には「自慢話を引き出す」のが好きです。
目次
なぜ自慢話を聞きたいのか?
みなさんは自慢話、嫌いですか?僕は結構好きです。ここでいう自慢話は「自慢話をすることではなく、自慢話を聞くこと」です。なぜなら自慢話を聞くと、その人がなかなか見せないプライベートな部分が顔を出すからです。それによりその人を深く知ることができるからです。
具体的に言うと、どんな事を自慢に思っているか知ることで、その人が何を重要としているかを知ることができるからです。自慢話をした経験が少ない人ほど、意外な話が聞けて面白いです。
「自慢話する=傲慢である」とは思えない
「自慢話してくださいよ」
こう言うとたいていの人に
「ええ!?」と驚かれます。そして自慢話が出てくるまでかなり時間がかかります。
謙虚であることが美徳であるとされるからでしょうか?そう思い、この記事を書くにあたって調べてみました。
自慢とは?
自分で、自分に関係の深い物事を褒めて、他人に誇ること。「自慢ののど」「成績を自慢する」
goo辞書より
悪い意味ではありませんでした。むしろ自分を誇ることって良い事だと思います。
「謙虚であるべしとされる社会なんだから自慢話をするなんて良い事ではない!」という意見
謙虚じゃなくたっていいとは思っていません。では「謙虚であるべきだから自慢話なんてするもんじゃない」ということなら・・・「自慢」の逆の意味の言葉が謙虚なんだろうか?と思いこれも調べてみました。
自慢の対義語は「自嘲」(じちょう)また「卑下」(ひげ)でした。意味は以下の通りです。
自嘲の意味
[名](スル)自分で自分をつまらぬものとして軽蔑すること。「自嘲するような薄笑い」
より引用
卑下の意味
自分を劣ったものとしていやしめること。へりくだること。いやしめて見下すこと。また、そのさま。
より引用
嫌な意味でした。
「自慢話をする=謙虚ではない」は成立しないことになります。
自慢話の功績
多かれ少なかれ、誰でも自慢話をした経験はあると思います。僕もあります。その時にどんな気持ちだったか?きっと多くは「気持ちよかった」「いい気分だった」「誇らしい気持ちだった」「自分に自信がついた」こんな意見だと思います。人を見下す態度をとることをしなければ、自慢話をする事って良い事ばかりだと思いませんか?人を深く知ることができるし、自慢話をした人は心に栄養も注入されます。もっと自慢話をしよう!そしてもっと自分を癒そう!明日を生きるためにも!と思うわけです。